第十七幕 ジョナサン・スウィフト『ガリヴァー旅行記』




アイルランドの風刺作家、ジョナサン・スウィフトの代表作。

日本では児童文学として名が通っているが……。

アイルランドの風刺作家、ジョナサン・スウィフトの代表作っす。有名な作品っすから、読んだことはなくとも、名前を聞いたことがある人は多いと思うっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
日本では児童文学として知られているが、実際のところはどうなんだ? 子供向けの内容なのか?
そんなことはまったくないっす。『ガリヴァー旅行記』は悪辣と悪趣味だけで構成されたような作品で、なぜこれが児童文学として受容されているのかまったく謎っす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
悪辣と悪趣味だけって……。そんなに苛烈な内容なのか?
苛烈も苛烈っすね。何と言ったって、スウィフト自身が「人間のあらゆる尊厳を粉砕するためにこの本を書いた」と言っているほどっすからね。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
何がそこまでスウィフトを駆り立てたんだろうな。
この作品は全四篇から構成されていて、第一篇は「リリパット国渡航記」と題されているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
リリパット国は確か、小人の国だったよな?
そうっすね。リリパット国の海岸に打ち上げられたガリヴァーが小人たちに包囲されるシーンが有名っす。児童文学として編纂される場合、この場面が抜粋されることが多いっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
児童文学として抜粋されるのは、冒頭の方のエピソードが多いな。このあたりはまだスウィフト特有の悪辣さが抑えられているからな。
リリパット国は隣国のブレフスキュ国と戦争状態にあるっす。ブレフスキュ国も小人の国っすね。これは当時のイギリスとフランスの関係性を示していると言われているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
戦争の原因はなんだ?
それが、「卵の殻の剥き方は、大きい方からが正しいか、小さい方からが正しいか」っす。なぜ卵なのか、大きい方と小さい方とは何なのか、このあたりは考察の余地があり、実際諸説あるっすね。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
随分と下らないことで戦争しているんだな。
実際のイギリスとフランスも、スウィフトの目から見れば下らないことで争っているように見えたんでしょうね。ガリヴァーは自分の身体が大きいことを利用し、ブレフスキュ国に脅威を与えて戦争を終わらせるっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
そしたらガリヴァーはリリパット国の英雄というわけだ。
一時はそうなるんすけど、リリパット国の宮殿に火災が起きたとき、放尿で鎮火したことが原因となり、皇帝から死刑宣告を受けるっす。ガリヴァーは死刑を避けるため、やむを得ずリリパット国を出て行くっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
放尿で火事を鎮火、というのはなんとなくフランソワ・ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』を思い出すな。唐突にスカトロジーが出てくるあたりなんというか……。このあたりですでに子供向けではなくなっているな。
第三篇は「ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記」と題されているっす。前の四つの国はすべて架空のものなんすけど、最後に日本という実在の国が入っているところが面白いっすね。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
なんでこれ日本が入っているんだ?
それは当時の西欧の事情が絡んでいるっす。この小説が書かれた十八世紀、日本は江戸時代で鎖国の体制を敷いていたっす。西欧で日本と貿易ができるのはオランダのみで、そのためにオランダは周りの国から目の仇にされていたんすよ。踏み絵のエピソードに乗じて、オランダ人が作中でなじられているのはこのあたりが遠因っすね。
小澤月子
小澤月子
その反面、西欧に入ってくる日本の情報はオランダを経由したものに限られていたっす。そのせいで、当時の西欧人にとって、日本は空想の国のようにも思えたんでしょうね。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
なるほど、黄金の国ジパングというやつか。
第四篇である「フウイヌム国渡航記」はすべての篇のなかでも特に悪辣に作られているっす。この篇はフウイヌムと呼ばれる馬のような生物について書かれているっす。フウイヌムは高い文明を築いているんすけど、さらに注目すべきはヤフーと呼ばれる種族についてっすね。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
どこかで聞き覚えのある名前だな。
ヤフーは類人猿のような姿をしていて、基本的に不潔で邪悪なんすけど、人間らしい性質も残っている。というか、ぶっちゃけてしまえば、このヤフーは人間が退化した姿っす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
皮肉や風刺というか、もう直接的な攻撃だな。
ガリヴァーはフウイヌムの方に好意を寄せ、自分がヤフーの仲間だということを認めたくない。ガリヴァーもヤフーであるために、処刑される可能性があることをフウイヌムの友人から聞くと、ガリヴァーは泣く泣くフウイヌム国から出て行く。このときにはすでに無残な姿を晒すヤフーを見てきたために、精神が荒廃して廃人も同然となっている。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
この結末を知っていたら、児童文学として売り出そうとは思わないだろうよ。