第十四幕 トーマス・マン『ブッデンブローグ家の人々』



ドイツの大文豪、トーマス・マンの初期作品。

この作品が文学界に与えた影響は計り知れない。

全世界に多くのファンを持つトーマス・マンの初期作品。日本でも、マンに対する敬意を隠さない作家は多いっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
確かに、トーマス・マンの名前は普段、本を読まない人でも知っているかもな。
『ブッデンブローグ家の人々』の驚きベきところは、マンが24歳のときから書き始め、26歳のときに出版していることっす。この若さで、世界文学の最前線に立つ作品を書いたことは、まさにマンの才能を示しているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
若いうちから成功したんだなぁ。文学の世界では遅咲きの作家も珍しくないが。ところで、この作品はマン自身の家系をモデルにしているとのことだが?
そのとおりっすね。マンは商人の家系だったっす。それゆえ、周りの人間もマンは家を継ぐものだと考えていて、作家の道を選んだのは意外なことだったみたいっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
それで、ノーベル文学賞受賞、そして二十世紀ドイツ文学最大の作家にまでなるんだから、本当に才能の塊みたいな人だったんだろうな。
マンも本人に商人の血が流れていることは非常に気にかかることだったらしいっす。その証拠に、『ブッデンブローク家の人々』のテーマの一つとして、商売人としての人間と芸術家としての人間の拮抗があるっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
金儲けの才能を発揮するか、芸術の才能を発揮するか、ということか?
そうっすね。ブッデンブローク家の血筋は少なからず、そのどちらの才能も引き継いでいく家系っす。そのバランスは上の世代ほど商人としての血筋が強くでて、世代が下るほど芸術家としての血筋が強く出るプロットになっているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
この作品の副題は「ある一家の没落」となっているけど、その商人と芸術家のバランスとやらに関係があるのか?
正解っす。世代が下るごとに、その興味は芸術へと傾いていく。その反面、商売人としての心意気は失われていくっす。そうなれば、当然、家は没落へと向かっていく。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
この作品は世代の人間ごとに、商人・芸術家という面から見るのが良さそうだな。
ブッデンブローグ商会の初代は老ヨハン・ブッデンブローグっす。この人物は物語開始時点ですでに引退しており、そこまでが焦点があたるキャラクターではないっす。作中ではすでに、一族のなかでは良きおじいちゃんみたいなポジションにいるっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
この、老ヨハンが商会を一代で成り上げたんだよな。すでに引退しているゆえ、その手腕はほとんど作中で描かれないけど、この人物は商人として特化していたんだろうな。
まさに老ヨハンは商人の人間っす。作中でも、芸術に対して強い興味を持つ描写は見られない。おそらくっすけど、マンの一族のなかにモデルとなる人物がいたんじゃないっすかね?
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
物語は二代目となるヨハン・ブッデンブローグから始まる。ファースト・ネームを初代から引き継いでいるから呼称が少しややこしいが。
二代目ヨハンは確かに商人という点では、父親に劣るところがあるかもしれないっす。それでも、現実的な人物であり、親族にも厳格な態度で当たる有能な人物として描かれているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
ヨハンは商会を没落させることもなく、その手腕を発揮する。商会が飛躍的に成長する、ということもないが、現状維持の結果は出す。商人としては十分に功績を挙げた人物と言えるだろう。
ところが、物語の舞台である1848年に世界的な事件が起こるっす。「諸国民の春」と呼ばれる一連の革命っすね。当然、この大きな運動はブッデンブローグ商会にも致命的な損害を与える。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
ヨハンは商会を持ち直すために紛争するが、結局、世界情勢の動きには勝てず、失意のまま逝去する。そして世代は三代目トーマス・ブッデンブローグに移る。
このトーマス、ファースト・ネームがマンと一緒であるところからも、マン自身がモデルな気がするんすよね。商人としての自分、芸術家としての自分という相反する個性に最も悩むのもこのトーマスっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
トーマスは大商人の家系に生まれた自分の出自を誇っている。そのため、自分の商会をさらに飛躍させることに躍起になる。ところが商人としての才能となると、明らかに先代の二人に劣る。自分の家系への誇りだけで、奔走している印象を受ける。
実際、トーマスには芸術家気質から来る、精神面の弱さがある。その事実は間違いなく商会にとって損害を与えている。その反面、明敏な知性を持っているため、すでに一族の没落を予見してしまっている。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
結局のところ、トーマスは「諸国民の春」から受けた損害を跳ね返すことができず、孤軍奮闘の状況に追い込まれる。その心労は当然、精神的な弱さのあるトーマスには耐え切れるものではなく、ついには倒れてしまう。
四代目ハンノ・ブッデンブローグがまだ子供のうちにトーマスは商会から退く。ところが四代目となるはずのハンノは商売に対してまったく興味を抱かない。興味を持つものは音楽に対してだけっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
初代、老ヨハンが徹底した商人気質ならば、四代目ハンノは徹底した芸術気質だな。
読み手としては、このハンノに物語が移った時点で、ブッデンブローグ家の没落は容易に察せられるものっす。商人の気質から芸術家の気質に移っていったブッデンブローグ家はこのハンノで終止符を打たれるんす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
物語の最後、ハンノはチフスに感染してしまう。そして、その病状とハンノの音楽に対する情熱の激しさを呼応させながらマンはハンノの最期を描写する。ハンノが早逝することを予感させながら、この長大な物語は幕を閉じる。