第十一幕 ホメロス『オデュッセイアー』



紀元前の吟遊詩人、ホメロスの作。
二作遺されたうちの一作。

前回がホメロス『イーリアス』だったので、今回はその続編にあたる『オデュッセイアー』っす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
トロイア戦争におけるアカイア勢の英雄の一人、オデュッセウスが主人公なんだよな。
オデュッセウスはトロイア陥落時に有名なエピソード「トロイの木馬」を考案するなど、知将として描かれているっす。ただ、武勇の面では他の英雄、例えばアキレウスや大アイアース、小アイアースには劣るような描写があるっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
現代でこそ、オデュッセウスは知将として語られるが、腕っぷしがものを言った時代、他の登場人物からは「小賢しい」「悪知恵が回る」などと評されることも多いがな。
当時の基準で言えば、確かにオデュッセウスは正当派の英雄ではなかったっす。しかしそのオデュッセウスをあえて主人公に置き、『オデュッセイアー』を編んだところにホメロスの慧眼と才覚があると思うんすよ。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
『イーリアス』は戦争物語だったが、『オデュッセイアー』はどんな物語なんだ? 同じ作者だが、この二つの作品は随分と毛色が違うとのことだが。
『オデュッセイアー』は一言で言えば、冒険譚っすね。トロイア戦争終結後、オデュッセウスは故郷であるイタケーに帰ろうとするっす。しかし、その道中に災難があり、十年間も漂流する事態に陥るっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
何が起きたらそんな長い期間漂流する羽目になるんだ? トロイア戦争自体、十年間もかかっているから、合計すると、オデュッセウスは故郷を出てから二十年間も帰れなかったのか。
そうなるっすね。『オデュッセイアー』は故郷に帰れなくなったオデュッセウスがそれでもなお、故郷に待つ妻と息子を思って生き延びる冒険物語っす。そもそもなぜ故郷に帰れなくなったかというと、オリンポスの神々の一柱から怒りを買ったからっすね。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
その無慈悲な神は誰だ?
海や地震を司る神、ポセイドーンすね。主神のゼウスの兄弟にあたる神っす。オデュッセウスはイタケーへの帰郷の道中、やむを得ない理由があったとは言え、ポセイドンの息子にあたるポリュペーモスの目を潰しているんすよ。ポリュペーモスは単眼の巨人っす。この二人を巡るいざこざは物語では過去の回想として語られるっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
神様から怒りを買っちゃったから、オデュッセウスは故郷に帰れなくなるのか。しかもイタケーには妻と息子がおり、故郷を見捨てることもできない。『イーリアス』で描かれたものとはまた別の、人生の局面だな。
『イーリアス』は戦争物語ゆえ、人間の勇気や雄々しさを全面に押し出しているっす。その反面、『オデュッセイアー』は冒険譚、というよりも漂流記っす。後者の作品はオデュッセウスの勇気を説いているというよりも、その嘆きや悲劇を謳い上げているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
トロイア戦争の英雄の一人も、戦場を離れれば自然や神々に翻弄されるただの人間でしかない、ということだな。まさに人生は無情というか……。
小絹ちゃんの言うとおりっす。『オデュッセイアー』の話の主軸はまさに「人生の流転」っす。トロイア戦争において勝利に貢献した英雄でも、神々に反逆すれば罰は逃れられないんす。この人生の厳しさを『オデュッセイアー』はオデュッセウスが次々に経験する災難を通して浮き彫りにするっす。
小澤月子
小澤月子
『イーリアス』は人間の「勇敢」の面を特に取り上げている反面、『オデュッセイアー』は名誉や栄光の儚さを強調するっす。人間というものは喜劇よりも悲劇を評価するものらしく、有識者のあいだでは『イーリアス』よりも『オデュッセイアー』の方が芳しい評価を受けているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
それにしても、ギリシア神話に登場する神々はなんというか、無茶苦茶だよなぁ。自分の感情一つで人間の人生を無茶苦茶にすることが多々ある。人間側も、それを運命と捉えて反抗する真似はほとんどしない。あくまで、生贄を屠ったり、お供えものをして、神々の怒りを和らげようとするだけだ。
『オデュッセイアー』ではオリンポスの神々が絶対的な存在に思えるかもしれないっすけど、ギリシア神話では神々も絶対的な存在ではないんすよ。モイライと呼ばれる運命を司る三姉妹がいるんすけど、この姉妹が織り上げた運命には神々ですら逆らえないんす。それこそ、主神のゼウスでも。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
そうなのか。人間の上にいる神々ですら運命には逆らえないとなると、なんだかこれまで考えていた力関係も変わってくるな。結局のところ、ギリシア神話では神も人間も、未来のことはわからないのか。預言者は数々登場するが、それでも完全に未来を見通せるわけではない。
運命は誰にもわからない、それは現代人にも通ずることっす。そしてその不明瞭な運命に自分のすべてを賭けて、妻と息子のところに戻ろうとする気概に、オデュッセウスの英雄たる所以があると思うんすよ。
小澤月子
小澤月子