第十幕 ホメロス『イーリアス』




紀元前の吟遊詩人、ホメロスの作。
二作遺されたうちの一作。

文学の祖と評されることもある、ホメロスの作品っす。現存するホメロスの作品は『イーリアス』『オデュッセイアー』の二作のみっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
この二作品は物語上、連続しているから続けて紹介するぜ!
『イーリアス』と『オデュッセイアー』、話は地続きになっているんすけど、その毛色はまったく違ったものっす。『イーリアス』はトロイア戦争という十年もの歳月を費やした戦争を題材に取っており、戦記物という色合いが強いっす。
小澤月子
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玉置小絹
玉置小絹
トロイア戦争はアカイア勢(ギリシア軍)とトロイア勢の戦いだよな? 非常な長期戦に陥った戦争だが、『イーリアス』ではその一部始終を収めているわけではないんだろ?
そうっすね。ホメロスの『イーリアス』ではトロイア戦争の十年目、すなわち決着がつく年から始まるっす。すでに十年も戦争しているわけっすから、互いの軍は疲弊している描写が目立つっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
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つまり、『イーリアス』はトロイア戦争の終幕となる、もっとも盛り上がるところを抜粋したというわけだな。
そのように言えるっすね。ただ、『イーリアス』では実質的に決着がついたあと、アカイア勢がトロイアの街を蹂躙する場面までは書かれていないっす。ここのところにオデュッセウスが発案して実行した、あの有名なエピソード「トロイの木馬」があるんすけど、ホメロスはこの部分を扱っていないっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
それならば、『イーリアス』はトロイア戦争のどこまでを書いているんだ? 物語の冒頭はトロイア戦争十年目とのことだが。
『イーリアス』の結末はアカイア勢最強の戦士、アキレウスとトロイア勢最強の戦士、ヘクトルの一騎打ちで締めくくられているっす。もう少し詳しく言えば、アキレウスに敗北したヘクトルの死体をトロイア勢に引き渡すところまでっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
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それならば、トロイア戦争のなかでも、最大の戦いと言えるアキレウスとヘクトルの一騎打ちを物語の幕引きに持ってきたわけだ。
『イーリアス』全体の構成を見るに、物語はアキレウスとヘクトルの一騎打ちに収束するように配置されているっす。物語の冒頭、アキレウスはそもそも戦争を放棄しようとしているんすよ。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
そうなのか? アキレウスはアカイア勢でも最強の戦士なんだろ? その男が戦場に出なければ痛手となるんじゃないか?
まったくそのとおりっすね。『イーリアス』の前半部分は戦闘描写は抑え目になっているっす。その代わり、アキレウスを戦場に復帰させようとするアカイア勢の武将たちの大立ち回りが語られるっす。アカイア勢総大将であるアガメムノーンは神々から、「アキレウスが戦場に出れば、トロイア戦争の勝利は確実になる」とまでお告げを受けているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
それほどまでにアキレウスは強いんだな。というか、そもそもなんでアキレウスは戦場から退いているんだ? 怪我か?
アキレウスがなぜ戦場に出ないか? これが『イーリアス』の前半部分のテーマになっているっす。ミステリー的な手法にも頼り、この謎を引き伸ばして読者の注意を引こうともしているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
『イーリアス』の前半は何もしないアキレウスとその周りで大騒ぎする武将たちや神々が描かれているということだな。
アキレウスが戦場に出ないのは、率直に言えば総大将アガメムノーンとの確執にあるっす。『イーリアス』で書かれた部分よりも前、アキレウスとアガメムノーンは戦利品の分配を巡って、大喧嘩をした、というエピソードがあるっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
総大将との確執から、アキレウスはへそを曲げてしまったというわけだな。最強の戦士なのに、可愛いところあるじゃないか。
アキレウスが戦場から退いているあいだ、トロイア戦争の発端となったパリスとアガメムノーンの実弟であるメネラーオスの一騎打ち、ゼウスやアポローンなど高位の神々の思惑などが書かれ、着々とアキレウスとヘクトルの一騎打ちへの伏線が張られていくっす。この手法の鮮やかさはさすがホメロスとしか言いようがないっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
それで、アキレウスはどうやって戦場に復帰するんだ?
それはパトロクロスという男の存在が大きいっす。この戦士はアキレウスの最大の親友なんすよ。パトロクロスはアカイア勢が劣勢に追い込まれたさい、アキレウスに出陣するように助言する。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
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親友の説得があって、アキレウスはようやく重い腰を上げたのか?
いや、それでもアキレウスは首を縦に振らなかったんす。だからこそ、パトロクロスはアキレウスの鎧を借り受けて、自身が戦場に赴く。ところがパトロクロスは敵の大将、ヘクトルと一騎打ちになり、敗北する。パトロクロスの死を聞いたアキレウスは自らが出陣しなかったことを激しく嘆くっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
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親友の死に際して、ようやくアキレウスはアガメムノーンとの確執を水に流すことにしたんだな?
そのとおりっす。アキレウスは親友の仇を討つために、ヘクトルと一騎打ちを果たすために、戦場に舞い戻るっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
『イーリアス』は全編を通してアキレウスとヘクトルの一騎打ちに収束するように書かれているんだよな? そのように武将たちや神々の思惑も動いている。実際のトロイア戦争を脚色してはいるのだろうが、なんともドラマティックな展開じゃないか。
『イーリアス』におけるアキレウスとヘクトルの一騎打ちは紀元前に編まれたと思えないほど、鬼気に迫ったものがあるっす。名文は色あせない、というやつっすね。この二人の戦いは文学史でも屈指の白眉だと自分は思うっす。
小澤月子
小澤月子