第八幕 ブルーノ・シュルツ『砂時計サナトリウム』



二十世紀ポーランドで特異に異彩を放った作家、ブルーノ・シュルツの短編集。

二つある短編集のうちの片方。

二十世紀文学のなかでも特に異彩を放つブルーノ・シュルツの連作短編。シュルツはその作品に加え、自身の作家としての経歴にも奇妙なものがあるっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
シュルツは生前に、『肉桂色の店』と『砂時計サナトリウム』の二作の連作短編しか発表していなんだよな。この二つの作品は、物語としては一続きになっている。
上記二つ以外の作品自体も執筆していたらしいんすけど、二度の世界大戦の戦禍に巻き込まれ、紛失してしまっているんすよ。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
今日日、私たちの目に触れる作品は二作しかないにも関わらず、シュルツは二十世紀を代表する作家の一人に数えられているんだよな。
そうっすね。現代文学でもシュルツからの影響を公言する作家は多いっす。シュルツの遺した作品は文庫本一冊に収まる程度になってしまったすけど、その才覚は後世まで名を残したっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
シュルツは二つの短編集に、どのような物語を書いたんだ?
『肉桂色の店』、『砂時計サナトリウム』ともに母国であるポーランドの小都市を舞台に、ある家族を描いているっす。ただどちらの作品もフランツ・カフカにも似た漠然と不安の渦巻く家族生活を滑稽に書いていて、明確なプロットというものはないっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
シュルツは二十世紀のなかでも激動の時代を生きたが、自分の体験を作品に練り込むこともしなかったのか?
少なからず、挙げた二作品には歴史的、政治的な要素は見当たらないっすね。あくまで、ある一家族とその周りの人々の書いたのみっす。この日常とも非日常とも言い難い生活のなかに、シュルツ自身の体験が幾分か紛れ込んでいる可能性はあるっすけど。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
シュルツの作品は「不気味」「奇怪」などと評されることが多いが、その理由は?
シュルツは現実と神話を融合させることを自身の文学の最終目標として置いていた節があるっす。そのために用いた手法を「現実の神話化」と本人が評論のなかで述べているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
現実と神話ね。また大仰な二項対立だな。この二つが融合している世界では何が起きるんだ?
まずは生物と無生物の境界線の解体っすね。シュルツが好んだモチーフの一つにマネキン人形があるっす。マネキンはもちろん作り物なんすけど、シュルツの作品ではまるで自我を持っているかのように振る舞う。また人間は自然から生まれ、マネキンは人工のものとして作られた。ここにもシュルツの好んだ二項対立の崩壊の構図があるっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
なるほど。ということは、シュルツの世界では生者と死者の区別自体があまり意味がないものなのかな。
冴えているっすね。そのとおりっす。生物と無生物、生者と死者、そして現実と神話。こういった二項対立は何かしらの点で、どちらかに優位がある。シュルツは徹底的にこのような価値観を転倒させる作家っす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
シュルツの言う、「現実の神話化」というものは二項対立の転倒によって支えられているのか?
シュルツの技法の一側面は確かに価値の転倒によって支えられているっす。ただ、それがすべてではないっす。シュルツの文章は非常に感覚的と言えるっす。人としての感覚が異常なまでに鋭敏だった作家と聞かれて、小絹ちゃんは誰を答えるっすか?
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
うーん。日本だったら三島由紀夫。海外だったらヴァージニア・ウルフかな。
その二人も確かに自身の感覚と現実をすり合わせるような文章を好んだっす。そのために、文章が難解と評されることも珍しくはない。ところが、シュルツの文体はこの二人を凌駕するほどに晦渋っす。原文はポーランド語なんすけど、言語によっては完全には移し替えられないほど複雑な文章を書いたんすよ。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
話を聞く限り、シュルツの作品は現実と神話の境界線の解体に力を注いだ、というだけあって一筋縄では読了できそうにないな。
そのような一面があることは否定できないっすね。シュルツの作品は恐ろしいまでの現実に対する鋭敏性が基盤にあるんすけど、その感覚を誰もが掴めるかと言ったら、難しい話っすね。シュルツの文体は比喩表現や難解な表現を多用することによって、現実に切れ目を入れ、そこから神話を取り出してくるようなものっすから。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
その話を聞いているだけでも頭がこんがらがりそうだよ。けれども、月子としては、やはり一度は読んでもらいたい作家なんだな?
そうっすね。最初のページを読んで、肌に合わないなと思ったらそれでいいっす。ただ、一ページだけは読んで欲しい作家っす。
小澤月子
小澤月子