第五幕 川端康成『雪国』



日本の大文豪、川端康成の中期の作品。

日本文学の白眉の一つとされる。

川端康成がこの小説で描いたものは「日本の美」そのものだ。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
いきなり「日本の美」、と言われても大半の人は何のことかわからないと思うぜ。
だから、まずは川端の言う「日本の美」とは何か、から話を始めないといけないな。川端は日本の美を封建制の時代に求めた。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
日本の封建制も平安時代から始まり、江戸時代の終わりまで続くぜ。時間に換算すれば七百年弱の幅がある。そのなか、どの時代をとっても日本の美が輝いていた、というわけにはいかないだろう?
まったくそのとおりっすね。川端の美意識の根底には、少なからず『源氏物語』が影響を与えているっす。そのため、時代を限定していて言えば、平安時代の中期から後期が理想的な封建制の形になるっすかね。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
川端は『雪国』のなかで、『源氏物語』の世界を再現しようとしたのか?
半分正解、半分不正解、と言ったところっすかね。川端も『源氏物語』が日本の美そのものとして、手放しで肯定していたわけではないはずっすから。そこには「川端自身」の日本の美に対する姿勢が混ざり込んでいなければならない。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
なるほど。それならば、『雪国』は『源氏物語』の世界を基盤にして、川端独自の美意識を肉付けした世界が舞台と言っていいんだな?
その認識で大きなずれはないはずっす。そこで話のとっかかりとして、「そもそも『源氏物語』を貫く美意識とは何ぞや?」という点をはっきりさせなければならないっす。もちろん、『源氏物語』も多様な面を持つ作品であり、その悉くを語ろうとすれば、それは個別にエピソードを設けて、じっくりと吟味するべきっす。なので、ここではその一面だけを取り上げるっす。小絹ちゃんは『源氏物語』を貫いている人生観が何かはわかるっすか?
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
うーん。そう改まって聞かれるとなんて答えたものやら。学校では「『源氏物語』を一言で言えば、「もののあはれ」だ」と習ったけどな。
それくらいふわっとした認識で問題ないっす。『源氏物語』、そして『雪国』の根底にある死生観は「旅」、あるいは「巡礼」っす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
それはどういう? 「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」というやつか?
鴨長明っすか。小絹ちゃんは意外と学校の成績が良いみたいっすね。その言葉は言い得て妙で、「旅」は「人生の旅」、「巡礼」は「魂の巡礼」と言い換えるべきっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
『雪国』の死生観とやらは、私たちの人生は常に流転するものであり、私たちはその流れに流されるまま運命を受けて入れるしかない、と言ったところか。
それが『雪国』の根底にある考えっすね。川端はこの死生観の上に独自の美意識を積み上げて、この作品の世界観を作っていったっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
その、川端独自の死生観とやらが『雪国』の肝になるのか。
そうなるっす。人生の流転、から派生したとも言えるっすけど、『雪国』の世界は一言で言えば、「価値観の転倒」っす。この作品の舞台では何もかもの境界線が曖昧なんすよ。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
境界線が曖昧。そこのところを詳しく。
そのような例は作品内にいくつも見られるんすけど、例を挙げるとすれば、まず醜と美っすね。ヒロインの一人である葉子はたびたび作中で「気ちがい」と評される。その反面、この人物はこの作品の封建的な美の多くを担っている。『雪国』の最後のシーンは芝居小屋の火事で、このとき、葉子は犠牲者となるっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
火事のシーン、何というか、ふわふわした印象を受けた。物語の締めとしても、火事という危機的な状況からも、どこか乖離しているような……。
そうっすね。『雪国』のラストシーンは他の小説では見ることのできない、確かな美意識と不明瞭が入り混じった、ある種幻想的な情感があるっす。この場面、主人公やヒロインたちの誰が生者で、誰が死者かわからない怪しい魅力があるっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
死と生の境界が曖昧、ということか?
そこまで踏み込んだ感想はそれぞれの読み手の感性に任せるっす。けれども、最後にこれだけは言っておくっす。作品全体を通して「封建的な日本の美」を表現するには、舞台が現実ではならなかった。私たちが生きるこの現実はすでに封建制度からは遠のいている。だからこそ、川端は『雪国』を書くさい、現実とは別の「封建的な」舞台を用意せざるを得なかった。それが冒頭文に示されているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
有名な一文、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」ってやつか。
この長いトンネルこそが、現実の日本と封建的な日本、すなわち現実と幻想を繋げる渡しになっているっす。
小澤月子
小澤月子