第四幕 D・H・ローレンス『息子と恋人』



二十世紀初頭、モダニズムの作家、D・H・ローレンスの代表作。

作者自身の半自伝小説と見做されている。

『息子と恋人』は「人生のすべてを書き切った」と評されているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
人生、か。随分と大きく出たものだ。一言に人生、と言っても人によってその言葉が指す意味合いは異なってくる。『息子と恋人』に描かれた人生はあくまでも、「D・H・ローレンス」の人生に留まるのではないのか?
身も蓋もない言い方っすけど、そのとおりっすね。すべての人類のすべての人生を書いた小説なんてものが現れたら、文学の進歩はそこで止まってしまうっすからね。今回は「D・H・ローレンスにとっての人生とは何か?」に重点を置いて話を進めましょう。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
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ローレンスはよく性の作家、と呼ばれているな。実際、この作品に加え、『チャタレー夫人の恋人』などで、過激とも言える性描写を書いている。日本では「チャタレー」事件があったため、こちらの作品の方が有名かもな。
ローレンスの本質はまさに、その性にあるんすよ。ローレンスの言う性とは自分たちが一般的に使う性愛の意味に加えて、人間の根本的な欲求にも敷衍しているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
人間の三大欲求は食欲、性欲、睡眠欲とよく言われるな?
そうっすね。けれども、ローレンスの書く欲はもっと抽象的で、もっと肉感的っす。はっきり言ってしまえば、ローレンスの性とは、自分の人生で肉体的に感じるすべての感覚っす。自分たちは生きている以上、外部の何かから、何かしらの影響は受けるっす。ローレンスはその総体を人生と捉えていたみたいなんすよ。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
話がふわふわしているな。もっと具体例を出してもらわないと理解できん。
ローレンスの意識には常に孤独と潔癖が纏わりついていたっす。この二つがローレンスがその肉を持って感じていた、人生の根源とも言うべきものっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
その自分の根源とも言えるべきものを探り出すために、ローレンスは小説を書き、またその目的のためあらゆる手管を使った、ということでいいのかな?
そうなるっすね。ローレンスは『息子と恋人』において、生と死、家族関係、社会的な地位、そして男女の恋愛と自分たちが人生で直面するあらゆる要素を取り扱ったっす。そして人生において必ず立ちふさがる問題を分析することによって、自分自身の根源へと掘り進んでいったっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
主人公であるポール・モレルに襲いかかる試練は、まさに私たちが人生のなかで遭遇しうるものばかりだ。例えば、父親に対する反発と、その反動である母親との恋人のような関係性。そこに介入してくるミリアムという農家の娘とのいざこざ。このあたりの挿話はローレンスも似たような経験があったんだよな?
一般的に、『息子と恋人』はローレンスの半自伝小説と言われているっす。ポールと母親の共依存のような関係は、ローレンスの家族関係がモデルと言って問題ないと思うっす。父親の職業が炭鉱夫というのも、ポールと共通しているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
ローレンスは実存主義のような形而上の議論ではなく、自分がまさに感じている感覚から、人生を取り出そうとしたんだな。
実際のところ、ローレンスは形而上の議論を激しく嫌っていたっす。ローレンスの同時代人に精神分析学を切り開いたジークムント・フロイドがいるんすよ。けれども、ローレンスはフロイトの精神分析に対して、徹底的に批判した。確かに人間の本質は無意識にある、という考えは魅力的っす。しかし、存在するのかもわからない精神の領域に城を立てることが人間の理解に繋がるのか、という具合にね。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
フロイト学派の方も、「無意識は無意識の領域にあるのだから、その証明自体が不可能だ」と言って、議論は平行線のままだけどな。
ともかく、ローレンスにとって人生とは、自分の身体が感じるもののすべてだったっす。そのなかでも、性描写にこだわったことから、ローレンスは「性」の作家とよく呼ばれるっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
実際はローレンスの書く、欲というものはもっと広範囲で抽象的なイメージで捉えるべきなんだよな? 純文学の畑に属するわりに、性描写が露骨だったためにその印象が強くなってしまっているが。
ローレンスが性をあからさまに描写する数少ない純文学作家であることは違いないっす。他に、その少ない例を挙げれば、『デカメロン』を書いたジョバンニ・ボッカッチョや『カンタベリー物語』を書いたジェフリー・チョーサーなどがいるっすかね。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
性欲は欲望の一端であり、そこにローレンスの本質があるわけではないのかな。性を通して人生を書こうとしたことは事実だが、ローレンスの本質はもっと奥深いところにある。
ローレンスは「原初の人間」とも言うべきものを模索したっす。すなわち、社会というものに歪められていない、本来の人間の在り方っす。ローレンスは自分たちの根源を探り当てるために、死や性など、人間の肉に関係する感覚を用いた。性はあくまでローレンスを表現する一形式に過ぎないんすよ。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
何はともあれ、一筋縄ではいかない作家であることは確かだな。