第二幕 ジェーン・オースティン『高慢と偏見』



イギリスの作家、ジェーン・オースティンの代表作。

作者の最高傑作と見做されている。

『高慢と偏見』には人生すべての喜怒哀楽が含まれている。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
ためらいもなく言いきったな。人生すべての、というわりにはこの作品の舞台はイギリスの片田舎に留まっているぞ。ベネット家の父親や長女のジェーンがロンドンに出向く場面はあるものの。
作者のジェーン・オースティンにとって、人生とは片田舎とその人間関係だけで十分なものだったんすよ。実際、オースティンの残した作品はイギリスの片田舎を舞台にしたものばかりっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
狭い世界で生きていたんだな。私なら都会に出て、どかーんと成功する、アメリカン・ドリームみたいな物語を書くな。
それなら、『高慢と偏見』はつまらなっかっすか?
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
いや、ここで意地を張っても仕方がないから言うが、面白かった。物語の主題は田舎娘たちの結婚に至るまでのどたばたを書いたものだが、そのなかにベネット家の五人姉妹のそれぞれの物語がこれでもかというほど詰め込まれていた。
確かにオースティンが好んで書いた題材は狭い世界、もっと詳しく言えば平凡な田舎の物語だったっす。しかし、小説の枠組みを狭くすることによって、むしろオースティンの才能を十全に発揮する結果になっているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
それはつまり?
オースティンの登場人物の描き方、言い換えれば登場人物に対する態度についてはどのように感じたっすか?
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
冷笑的というか、随分とエッジの利いた描写の仕方だとは思った。その反面、ベネット家の五人姉妹に対する愛情も確かに感じた。
そのとおりっすね。小絹ちゃんは冷笑的という言葉を使いましたが、オースティンは皮肉を書かせればイギリス随一の才能を見せたんすよ。この分野で同じほどの才気煥発を見せた作家は、同郷、同時代に限れば、チャールズ・ディケンズとウィリアム・サッカレーの二人しかいないんじゃないすかね。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
その二人のうち、正当にオースティンのブリティッシュ・ジョークを引き継いだのはディケンズの方だな。確かにオースティンを筆頭に三人のものの見方には厳しいものがある。だが、オースティンとディケンズにはそこに母性や父性にも通ずる温かさもある。
サッカレーの皮肉は痛烈が過ぎるというか、文学に根差したというよりもイギリス文化に根差したものっすからね。もっとも、皮肉に温かさがあるか否かでその良し悪しが決定するものでもないっすけど。そこは読者の感性に委ねられているっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
オースティンの小気味良いテンポの皮肉が、平凡な田舎の物語でも、『高慢と偏見』を読者に飽きを感じさせない小説にしているのは確かだな。
オースティンの皮肉は巨大な権力や政治に向けられたものではないっす。オースティンの生きた時代、ナポレオン戦争など確かに大陸には血が流れていたっす。けどれも、オースティンは意図的にそのような大局は無視して、あくまでも片田舎の愛すべき人間たちに目を注いだんすよ。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
その大きなものよりも小さなものに目を向ける姿勢が、温かさの秘密なのかもな。
オースティンの観察眼は本物っす。オースティンは皮肉を通じて、イギリスの片田舎という狭い箱庭から、人生の機微をいくらでも取り出すことができた。そのため、オースティンは狭い世界しか題材に取らなかった、というよりも狭い世界だけで小説を書くには十分だった、というところっすかね。このあたり、オースティンの才能を垣間見る所以っす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
確かに、オースティンの他人を見る能力は怖気が走るほどではあるな。『高慢と偏見』には様々な性格の人間が登場するが、その誰もが鋭い観察眼に裏付けされて描写されている。
オースティンの作品に登場する人々も、階級という点から言えば、そこまで広い範囲を取り扱ったものではないっす。『高慢と偏見』で、ベネット家の娘たちを娶るのはビングリー、ダーシー、ウィッカムの三人っす。ビングリーとダーシーは確かに金持ちとして描写されるっすけど、それはベネット家よりも裕福というだけで、全体的に見れば上流階級、というわけでもないっす。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
その舞台の狭さだけでなく、人間の階級についても、中流階級に絞って作品を書いたのもオースティンの特徴だよな。
オースティンは舞台や人間関係をどれだけ狭く設定しようとも、国や人種に関係のない人間の多様性というものを無限に取り出すことができた。そのあたり、本人もその才覚に自覚的だったからこそ、大きな世界を書くことは避けていたと思うんすよ。
小澤月子
小澤月子
玉置小絹
玉置小絹
オースティンにとって、人生とはある国の片田舎の人々との付き合いだけで十分に満たされるものだったということだな。